新時代の倉庫建築
新時代の倉庫建築で、その親模・構造を最も明らかにしたものとして、藤原頼長の日記『台記』の記述があります。
平治の乱で悲劇的な最期を遂げる頼長はまた、当代随一の蔵書家としても知られており、彼は自邸内に文倉(書庫)を造っていました。
同記天養2(245)年4月21日条によれば、その文倉は次のようなものでした。
高一丈一尺砒鱗腿、東西ニ丈三尺、南北一丈ニ尺隆南北有戸、四方皆持之以板、其上塗石灰、其戸塗蠣灰、為不令剥落也、葺以瓦。
・・・正確を期するためにあえて原文のまま引用しましたが・・・
規模の方は説明するまでもありませんから、ここではその構造について検討することにしましょう。
まずこの文倉の四壁はすべて板で作られ、その上に直接石灰が塗られています。
・・・のみならず、やはり板で持えられたと思われる南北2ヵ所の扉にも員灰(蠣灰)が塗られています。
・・・ここで石灰と貝灰の使い分けがされていますが、それについては後に考察することとし、暫く両者は同質の材料とみなしておきましょう。
これはまだ外壁リフォーム技術などがなかった頃の話です。
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